私的整理ガイドラインとは

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「私的整理に関するガイドライン」(以下「私的整理ガイドライン」といいます。)は、平成13年9月に採択され、公表されました。
これは、国会で制定された法律とは異なり、法的拘束力はありません。

しかし、金融機関等の主要債権者及び対象となる債権者、企業である債務者、並びにその他の利害関係人によって自発的に尊重され遵守されることが期待されているのです。

当時、我が国では、金融機関の不良債権処理の促進と、企業の過剰債務の解消が緊急課題とされていました。

この課題に取り組む中で、政府は平成13年4月に緊急経済対策を発表し、その中では「企業の再建の円滑化」が掲げられました。
そして、そのためには経営困難企業の再建及びそれに伴う債権放棄に関する原則の確立が必要であるとされ、関係者の共通認識を醸成するために、同年6月には私的整理に関するガイドライン研究会が発足しました。

このような経緯のもと、同研究会によって、いわば金融界・産業界の経営者の一般的コンセンサスとして、私的整理ガイドラインが定められたのです。

その後、私的整理ガイドラインの一層の利用促進のため、平成14年10月に、上記研究会を母体とした実務研究会から運用に関する検討結果が発表され、ガイドラインの弾力的運用が可能であることが確認されました。

平成17年3月にはガイドラインQ&Aが改訂されています。

では、同ガイドラインによる私的整理と、一般の私的整理はどのような点が異なるのでしょうか。
当サイト冒頭で述べたとおり、私的整理とは、法的手続によらずに債権者と債務者との合意により債権債務を処理する手続の総称で、決まった方法もないので、様々なバリエーションが考えられます。

その中で、同ガイドラインによるものは、債務者と「多数の金融機関等債権者が関わって進める再建型の私的整理手続」であり、私的整理の全部を対象としていない限定的なものです。

しかし、会社の債務が過剰となって自力再建が難しい場合、その主たる原因が金融機関からの借入によるもので、金融機関と話し合いを進めて再建することを望むケースは多いと考えられ、また、中小企業であっても後述の要件を満たせばこの適用を受けることは可能ですので、当サイトでは、私的整理の中でも、同ガイドラインによるものを中心的に説明したいと思います。

私的整理ガイドラインの運用状況

私的整理ガイドラインによる手続は、限られた関係者によって原則として非公開で進められるので、平成13年9月以降にこの手続が適用された正確な件数は不明です。

しかし、帝国データバンクの調査によると、平成18年10月12日時点で35社が同ガイドラインを適用して金融支援を受けたとされています。

平成15年、16年は産業再生機構による再生スキームを採用するケースが目立ち、同ガイドラインの適用事例は少なかったものの、同機構による債権買取りが平成17年3月に終了した後は増加傾向にあるとされています。

また、同ガイドラインは、いわゆる大企業での適用が一般的とされてきましたが、中小企業への適用も可能であり、最近は規模のそれほど大きくない地方の案件での利用が増加する傾向にあります。

私的整理ガイドラインでの主な登場人物

私的整理ガイドラインによる整理手続は、基本的に債権者と債務者との話し合いや合意により進められていくのですが、債権者にも債権額や債権の発生原因(債務者に融資している金融機関、債務者に売掛債権を持っている取引先等)において様々であり、またそれ以外の登場人物もいますので、まずは簡単にその言葉の意味を説明したいと思います。

債務者

まず、同ガイドラインにいう「債務者」あるいは「対象債務者」とは、同ガイドラインにより債務の整理を求めていく会社のことをいいます。

債権者(主要債権者・対象債権者)

次に、債権者の中でも、「主要債権者」、「対象債権者」と呼ばれる人(会社)がいます。

「主要債権者」とは、文字通り、債務者にとって主要な債権者のことなのですが、債権額が比較的多い単数または複数の金融機関債権者で、債権額上位行を含む複数の金融機関であることが通常です。

「対象債権者」とは、この中にも前述の「主要債権者」が含まれるのですが、それ以外の債権者も含めて、再建計画が成立したとすればそれにより権利を変更されることが予定されている債権者のことをいいます。

要するに、私的整理の場合には、法的整理手続とは異なり全ての債権者が対象となるわけではなく、再建のために減らして欲しい、あるいは免除して欲しい債務のみが対象とされるので、その対象となる債権者を「対象債権者」といい、対象債権者の中でも通常は債権の額が多い(主要)と思われる金融機関が「主要債権者」というのです。

専門家アドバイザー

また、同ガイドラインの中では、必要不可欠とはされていないものの、通常は「専門家アドバイザー」が登場します。

専門家アドバイザーとは、後に述べる第1回債権者会議以降で登場するのですが、債務者の資産負債や損益の状況及び再建計画案の正確性、相当性、実行可能性などを調査検証するための専門家をいい、公認会計士、税理士、弁護士、不動産鑑定士等が選任されます。
以下、これらの登場人物のもと、どのような状態の会社が同ガイドラインの適用を受けられるのか、適用可能な場合、具体的にどのような手続が進められるのかを説明します。

どのような会社に私的整理ガイドラインが適用されるのか

経営状態の悪い会社全てが、同ガイドラインの適用を受けられるわけではありません。

ガイドラインが想定する企業の再建は、法的整理手続によったのでは事業価値が著しく毀損されて再建に支障が生じるおそれがあり、私的整理によった方が債権者と債務者の双方にとって経済的に合理性がある場合に限定されています。

そして、債権者に債務の猶予、減免等の協力を求める前提として、債務者企業自身が再建のための自助努力をすることはもとより、その経営責任を明確にして、株主も最大限の責任を果たすことが予定されています。

具体的に、ガイドラインが要求する対象債務者の要件は以下の4つのとおりです。

(1)過剰債務を主因として経営困難な状況に陥っており、自力による再建が困難なこと(自力再建の困難性)

(2)事業価値があり(技術・ブランド・商圏・人材などの事業基盤があり、その事業に収益性や将来性があること)、重要な事業部門で営業利益を計上しているなど債権者の支援により再建の可能性があること(事業価値の存在と債権者の支援による再建の可能性)。

(3)会社更生法や民事再生法などによる法的整理手続を申し立てることにより当該債務者企業の信用力が低下し、事業価値が著しく毀損されるなど、事業再建に支障が生ずるおそれがあること(法的整理手続による事業価値毀損の可能性)。

(4)私的整理手続により再建するときには、破産的清算はもとより、会社更生手続や民事再生手続などによるよりも多い回収を得られる見込みが確実であるなど、債権者にとっても経済的な合理性が期待できること(債権者の経済的合理性)。

そして、ガイドラインでは、上記(1)〜(4)の前提として、債務者企業が「多数の金融機関に対して」債務を負担していることを要求しています。これは、どの程度の数になったら「多数」といえるのかについては断定できませんが、金融機関等債権者が数社以内の場合にはガイドラインに定める手続によるまでもなく、適宜な方法で協議して再建策を取り決めることができると考えられているためです。

以下に、上記(1)〜(4)の要件の問題点を少し詳しく検討します。

自力再建の困難性

同ガイドラインが、債務の免除等を受けて過剰債務の状況を除去し、債務者会社の再建を図る手続である以上、第一に、債務者会社が経営困難な状況に陥っている主な原因が過剰債務であることが必要とされます。

過剰債務が主な原因でないのに経営が困難な会社については適用されません。

具体的には、事業価値があり重要な事業部門で営業利益を計上しているなど、経営成績(損益計算書)の面では十分に再建可能であるのに財政状態(貸借対照表)の面で過剰債務となっており、債務の弁済が債務者会社の資金繰りを圧迫し設備投資を阻害する等により経営困難な状況に陥っているような企業が対象として考えられます。

事業価値の存在と債権者の支援による再建の可能性

前述したとおり、ガイドラインの適用を受けるためには、原則として、重要な事業部門で営業利益を計上していることが必要となります。

しかし、ガイドラインでは、申出時点では営業利益が赤字であっても、事業部門の整理統合などにより営業利益を黒字化できることが確実な企業であれば、適用が排除されるとはされていません。

また、計画期間終了後は競争力のある通常の財務体質の企業となることが要求されていて、このような計画が立案できるような営業利益を含めた事業利益やキャッシュフローをあげられることが前提とされています。

以上からすると、経営改善状況によって計画期間終了時に重要な事業部門で営業利益を黒字化できることが確実な債務者会社であれば、ガイドライン手続による私的整理が可能と考えられています。

法的整理手続による事業価値毀損の可能性

ガイドラインでは、具体的に、法的整理手続になると納入業者まで巻き込んだ整理となるため、納入業者が競争力ある商品の納入を拒むなどのために営業が継続できなくなったり、また、法的整理で再建を目指した場合、倒産のレッテルが貼られ、ブランドイメージが劣化し、ユーザーが債務者の製品・商品の購入や発注を回避し、結果として事業が成り立たなくなって清算に向かわざるを得なくなるケースなどが想定されています。

逆にいえば、法的整理手続によってもこのような支障がないのであれば、裁判所の監督のもとに行われ、一層の透明性や公平性が高い民事再生手続などの法的整理手続が妥当と考えられます。

債権者手続の合理性

ガイドラインは、債権放棄を行うことで債務者企業の再生に繋がり、当該企業向けの残存債権の回収がより確実になることにより、債権者の損失が最小限に抑えられる事としています。

したがって、債権者にとって、法的整理手続に至った場合に想定される回収額よりも、私的整理において債権放棄を実施し事業を継続させながら回収を図った方がより多くの回収が見込めることなどが要求されます。